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龍信はすぐに領国である常陸に戻ってきた。そして妻の嘉姫に天子の人質のことを話した。
(嘉姫)なんですって天子が人質!
(龍信)わしだけじゃなく外様の大名衆はみな人質を差し出す
(嘉姫)そんな、天子はまだ3つですよ。
(龍信)天子は信長さまの正室であるお濃さまが育てるそうだ。
(嘉姫)見守るしかないのですね。
龍信には返す言葉がなかった。戦国乱世、生きてく上での苦渋の想いだった。
-数日後―
天子は父、龍信とともに岐阜城にやってきた。
(天子)白銀龍信がせがれ天子でございます。
(信長)龍信、そちによく似ておるの。
(龍信)はは
(お濃)そうですね。私も今後育てるのが楽しみです。
(龍信)お方様、息子をよろしくお頼みもうす。
天子は親元を離れ織田家で育てられることになった。しかし、彼は美濃での生活に何も不自由は無かった。お濃は天子を我が子同然に育ててくれたからである。月日はあっという間に流れて言った。
-3年の月日が流れ-
1973年、織田信長は北近江・山本山城の阿閉氏を寝返ることに成功し浅井・朝倉討伐に動き出した。朝倉義景を大将とした朝倉軍は浅井家を救援するために挙兵したが、その隙をつき大嶽城に夜襲を仕掛け朝倉の前衛隊を敗走させ、その勢いで本拠一乗谷に攻め込んだ結果的に朝倉義景は一乗谷炎上とともに自害した。そして信長は小谷城に籠城した義弟浅井長政をついに討ち果たした。天子の父、龍信も此度の戦いの最中に上杉と北条との外交により三河で徳川家康と交戦している武田家を信玄の死を契機に撤退させる結果を生んだ。
6歳となった天子は稽古にも打ち込むほど武士らしい姿に成長していた。
(信長)天子、なかなかいい太刀筋じゃな。
(天子)御屋形様
(信長)どうじゃ、わしと一本交えんか
(天子)はい
(信長)さあ、かかってくるがよい
(天子)でやー
天子は木刀で信長に攻撃を仕掛ける。しかし、信長の身のこなしにかすり傷ひとつ負わせられない。すると、信長は一瞬の隙を突き天子の木刀を叩き落とし木刀を顔の前に振りだして止めた。
(天子)参りました。
(信長)まだまだじゃな
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