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あれからすぐに、また例のヤクザさんがやって来た。
今度は昼過ぎのそれなりにまだ忙しい時間帯で、知世さんへ優しく挨拶をしたあとその視線が厨房にいる俺へ向けられる。
あ。
こっち見た。
挨拶しなきゃ。
「いらっしゃいませ!」
緊張からか思わず大きめの張り切り声が出てしまうが、
ヤクザさんはフッと微笑むと「こんにちは」と相変わらずの低い声を返してくれた。
ヤクザなのに、優しい声だ。
知世さんがあの人から取ったオーダーは、「ゆーちゃん定食」。
またこの定食を頼んでくれたことが嬉しくて、ついつい頬が緩んでしまう。
ヤクザだからとか、関係ない。
自分が考えた料理を誰かが食べてくれる、それがただ単純に嬉しいから。
今日はたらの芽。
白味噌と酢、調味料を合わせ茹でたたらの芽に和え、酢味噌和えを作る。
たらの芽のほろにがさがいい具合に残って好きな料理のひとつだ。
もう一つの小鉢には、たらの芽とエリンギを甘めのタレで炒めた副菜を盛る。
勿論いつものように揚げ物も温度と揚がり具合をしっかりと確認して、丁寧に作業をした。
この食事で、また春を感じてくれればいいな、なんて。
そんな思いも込めて。
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