第1章

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重い足を引きずってカップ麺に湯を注いだ。 そして、殺風景なリビングにぽつりと置いてあるちゃぶ台の前に腰を下ろす。 大学の卒業祝いに両親から与えられたノートパソコン。 悲しい話だが、これが俺の唯一の娯楽で、心が安らぐものだった。 慣れた手つきで電源を入れ、ある巨大掲示板にアクセスする。 『山木カオリアンチスレ』 山木カオリ、人気急上昇中の女優。 灰色の背景に、青い文字が躍る。 匿名掲示板では、スレッドと呼ばれる掲示板を自分で自由に立てることができる。 内容は、アニメから仕事関連、政治問題までさまざまだ。 そこに不特定多数の人間がアクセスし、意見を書き込んでいく。 しかし、アンチスレというのは少々特殊だった。 名前の通り、ただひたすらに芸能人や歌手などの悪口を言い続けるスレッドなのだ。 『棒読み演技でよく人気が持つよな』 『どうせ、枕で売ってるんだろ?ww』 『死ねばいい』 心にもない言葉をどんどん打ち込んでいくと、 『確かにそうだな』 『同意』 など、俺に賛同してくれる人が現れ始める。 どんな誹謗中傷を吐き出そうが、この場所では全てを肯定してくれる。 俺の存在自体が否定され続けていたなか、一人を徹底的に攻撃することで生まれる不思議な連帯感は俺をとても安心させた。 冴えない男、『山崎 優太』はここにはいない。 いるのは、攻撃的に牙を剥く、『名無しさん』だ。 匿名掲示板では、普通のインターネット上の繋がりと違い、基本的にコテハンと言われる決められたハンドルネームを持たない。 文章を投稿する画面で名前を入力せずにいると、名前が自動的に『名無しさん』になるのだ。 灰色の背景の中、蠢く無数の『名無しさん』ーー。 皆、どんな概念にも縛られてはいない。 容姿、学歴、人間関係。 現実では、疎ましいほどに行動を束縛するそれが、ないのだ。
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