第1章

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書類をめくる音、鳴り響く電話、応対する声……。 社会人となれば普通であるはずの生活音に、彼の場合は特殊なものが混ざっていた。 周囲のものより少しばかり大きいデスクにふんぞり返る、醜い中年男の罵声である。 その太った身体のせいで、普通より大きなデスクのはずが、逆に小さく見えてしまう。 「あのねぇ、山崎君!この書類にグラフを追加しておけと言ったろう?あと、ここの文章は削らないでくれ!!どうしてわからないのかな!!」 目の下に隈を作り、必死で作成した書類が無造作に投げ置かれる。 考えた。必死に考えたんだよ。 「お、お言葉ですが課長!グラフが多すぎてくどいと仰ったのも、そこの文章を削れと仰ったのも課長です!」 「言い訳はいらない!!」 「……申し訳ありません」 もう頭を下げるのにも慣れてしまった。何かしらの理由をつけられて、叱咤されることも。 目線の先の、灰色のカーペットが歪んで行く。あれ、おかしいな。なんで涙が出るんだろうか。 「無能なんだよ、君は!このご時世、首を切られるのはいつになるかなぁ!?」 涙を見られたくないために、更に頭を下げて口の中でもごもごと謝罪をする。 嘲るような笑い声が背後から聞こえる。 見えなくとも分かる、何十もの瞳が自分を嗤っていることを……。 課長の下品な大声、押し殺した笑み……それらの音が、歪んだカーペットの色と混ざり混ざって、俺は意識を失った。 ーー 目が覚めた。 また、あの夢かと口に出さずにつぶやいた。 とりあえず、布団の上から立ち上がる。 築何十年かわからない程の古いアパートは狭く、少し首を回しただけで部屋全体の様子が分かってしまう。
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