第一章 恋心

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「ある奴じゃと?」 俺が敢えて言葉を少し濁したのは、啓の反応を確かめたかったからだ。 しかし、この反応から見て、啓には心当たりが無いように思える。 「バエルだよ……」 そして俺はソロモン72柱ー第一柱ーバエルの名を口にする。 その名を聞いた啓は少し固まった後、喉を唸らせて言った。 「むぅ……。ワシの知る限りでは、ゴエティアを抜けた者はおらぬかのぅ……」 当然、この答えも予想はついていた。 啓もゴエティアという組織ができた時から存在したワケじゃない。 だから昔の事を知らなくても当然だと思う。 「それに、過去にもそのような事例は一度もなかったハズじゃが……」 「……何だって?」 だが、啓の返答は俺の予想とは少し違った。 「啓、それ、ホントなのか?本当に誰も抜けてないのか?」 「うむ……。文献の全てに目を通した事はあるが、かような事はどこにも記載されてなかったハズじゃ」 「…………」 俺は言葉を失った。 バエルは昔、ゴエティアにいたと自分で言っていた。 そして、ゴエティアを退団したと。 しかし啓は、そんな事は一度も無いって言った。 矛盾。 それが生じて、俺の脳内は少し混乱した。 バエルが嘘をついたのか……?いや、それなら何の為に? 何か嘘をつく理由があったのか……? それとも本当は啓の記憶が少し違って、過去の事例を見逃しているだけか? そもそも退団する目的は何なんだ? 一人で色々と考え込んでいるとーー 「パパ~!お部屋に戻って遊ぼ!」 優里が俺の顔を見上げながら、そう言ってきた。 その言葉をキッカケに俺は一度考えることを止め、優里の腋の下に手を潜り込ませ、軽々と抱き上げる。 そして啓に一言掛けた後に、優里と一緒に部屋を出た。 「ねぇパパ?何のお話をしてたの?」 「ん?……そうだな。消えちゃった人の事を、誰も思い出せないって話かな?」 「ふぅ~ん……」 俺が優里に対して返答し、また同じ事を少し考えていた瞬間ーー 「その幽霊が、皆の思い出を消しちゃったのかなぁ?」 優里が何かを言った。 が、黙々と考え込んでいた俺の耳に、優里のその言葉が残る事は無かった……。
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