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アンはルピナスの群生の中に仰向けになっていた。
青臭い葉の匂いと共に、甘い香りが鼻腔に広がる。今ではそれが、花の香りではなく、蝶の鱗粉だと解る。
闇を包み込むような、優しい香り。アンは両手を空に向かって差し出した。
紺青の夜空に溢れるような光の粒を、掴めそうな気がしたのだ。
「アン」
名前を呼ばれて起き上がると、湖を背にしてユリシスが立っていた。
ユリシスは、アンが出会った不思議な少女の名前だ。
「蝶の香りがしたから、そろそろ来る頃かと思った」
少女の傍らには、いつも番いの蝶がひらひらと舞う。この蝶が放つ甘い香りを感じると、必ずユリシスが現れる。
ユリシスには記憶がない。知っているのは名前だけ。
いつ、どうやってここに舞い降りたのかも、なぜ夜だけに現れるのかも、そもそも人なのかどうかも本人にも解らないのだ。
だからアンは思う。
ユリシスは、もしかしたらこの村に伝わる悪魔の正体なのかもしれないと。
アンはユリシスが好きだった。
「アンは、私の初めての友達よ」
彼女は微笑みながらそう言ってくれた。
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