324人が本棚に入れています
本棚に追加
/227ページ
二兎を追う者は一兎をも得ないが、三兎を追った俺は一兎しか得なかった。だが、それで十分なのかもしれない。
「あの、大丈夫ですか」
同級生だと言うのに、敬語を交える律儀な姿勢が彼女から消えることはない。呆ける俺に声を掛ける彼女は、何と言う天使か。あやうく惚れかけた。
「ほら、言いなって」
郁美はもじもじする高畑さんを肘で小突いた。
「私、今は本当に反省しています。万引きの罪は消えないと思うけれど、せめて償おうと思っています。本屋さんには正直にワケを話しました。少しずつ、働いて返すつもりです」
ペコリともう一度、彼女は腰をくの字に曲げた。
最後に郁美がまとめた。
「ってことだから。千秋のやったことに関しては、ここだけの秘密ってことで良いかしら」
「もちろんだ」
良いではないか。俺は彼女たちの危機を救った。それで十分すぎる。郁美の言葉を借りれば、それで世はこともなしだ。
しかし、こともなくはない事案だってあることにはあった。というか、騒動が決着した今、直近の問題はそれだった。
「堀江になんて謝ろう。祐司に何て弁解しよう」
くどくどと繰り返す俺に、郁美がそっと囁いた。
「私が付き添ってあげるわよ、マスター!」
なるほど、郁美は感づいていたか、俺のペテンに。やけくそとかやさぐれとか投げやりとか、その辺の感情をひっくるめて俺は答えた。
「おう、頼む」
最初のコメントを投稿しよう!