第2章:ただ春の昼の夢のごとし

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 そう、鏡の前に立っている男はファッションセンスが欠落した高校生である。そして、その男はダサいと言われてしまうかもしれぬ恐怖にぷるぷると震えている。最後に最も恐ろしい事実が一つ。その男こそ俺こと佐藤文章なのである。  俺は自室の姿見の前で絶望的に頭を振った。  制服が備える恐ろしい機能は、ファッションセンスに対しての煙幕効果に他ならない。姿見の前に立つ自身の姿を見るにつけ、これは諸刃の剣であると確信できる。  放課後屋上倶楽部メンバーに伝達しそびれている我が灰色の高校生活を一新させる計画。その願望成就のためには、この俺の貧弱な私服というのは大きな瑕疵であるのは間違いない。  同級生が交友関係を広げ、部活に励み、学問に明け暮れ、その上で色恋にまで手を伸ばす間、あろうことか不動を決め込み続けた俺のホメオスタシスは、中学生みたいな普段着を羽織る成長期を迎えた男子高校生という劇物を生み出してしまったのである。  そもそも何故、入学から一年が経過した今になって、俺がこんな原初的な問題に行きついたのかということを先に明かした方が早いかもしれない。
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