第2章:ただ春の昼の夢のごとし

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「あっ」  俺は思わず間の抜けた声を漏らした。郁美が不思議そうに見返してくる。 「どうしたのよ」 「いや、確かあれは……」  集団が目指していたのは、先ほど俺がわずかに認めた口論になっている若いカップルの方向だったのである。 「間違いないな。あっちだけはよした方が良いのだが」 「奥歯に物が挟まったような言い方してないで、私にも教えなさいよ」  郁美が肘で小突いてくる。 「いやな、あのカップルさっきからどうも口論しているみたいな様子だったんだよ。気が立っている時に、あんなふざけた集団にかちあったらマズいだろ」 「確かにそれは心配だわ」  そう言う郁美の表情は、とても心配しているようには見えなかった。というか、ほくそ笑んでいた。内心、トラブルでも起こしてお祭り気分のところに冷や水をぶっかけられれば良い、ざまあ見ろとでも思っているに違いない。  いや、確かにあれはもうほとんど公共の精神を失念した迷惑行為であるから、然るべき報いは受けるべきなのであろうが。だから俺は郁美に同調こそすれ、たしなめるようなことはしなかった。
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