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『にんぎょひめ』
「馬鹿な娘だね……」
魔女は泡になって帰ってきた、人魚の末姫の魂に呼び掛ける。
海の中でもなお煌(キラ)めく泡は、それでも嬉しそうに小さく震えた。
「あの剣で王子の心臓を刺せば、お前は元に戻れたのに」
しゃがれた声で、魔女が呟く。
魔女の言葉をとんでもないと否定するかのように、泡が震える。
「ああそうだった。足の代償に声をもらったんだったね」
人魚の末娘の声にならざる言葉に耳を傾け、頷いた。
「王子の幸せをただ望んでいるだけだ……か」
人間の王子に一目惚れした末娘は、魔女と契約を交わして陸へ上がった。
人間の足を手に入れるために、その美しい声を代償に。
けれど王子の心を手に入れられなければ、泡になってしまう制約付きの契約だった。
泡になりたくなければ、あの剣で王子の心臓を動かなくさせてしまえば済んだのに。
なのに末娘は、自分が泡になる事を選んだ。
「自己犠牲の恋なんて、私は嫌いだよ」
魔女の言葉に、泡がフルフル震えて否定する。
そうじゃないと、否定する姫の様子を見て魔女は思い出す。
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