88人が本棚に入れています
本棚に追加
『傍にいられるだけで、幸せなんです』
陸に上がる前に、末姫が魔女に言った言葉だ。
何も望まない。
ただ、傍にいたかった。
「傍にいたって、別の女に心を動かされる王子を見るのは、辛かったろうに」
魔女はそっと、手のひらに乗せた泡を撫でる。
それは幼い娘の頭を撫でてやるような、優しい手付きだった。
「足を上手く使えない自分に、言葉を話せない自分に優しくしてくれた?だから何だってんだい」
王子の見初めた姫もまた、素姓の知らぬ人魚姫に優しくしてくれたのだと云う。
「全く。オメデタイ奴らだよ、どいいつもこいつも」
苦笑して、その泡の魂にまじないの言葉を呟く。
たちまち深海にまばゆい光が満ち溢れ、人魚姫の泡はゆっくりと浮上して行った。
「さあ、お行き。お前の真の願いを叶えてやろう」
その言葉と同時に魔女は片手を大きく振ると、きらめく光が泡を包み、速度を上げて海の向こうに飛び去って行った。
「さて……これで何度目だろうね」
魔女がぽつりと呟いた。
最初のコメントを投稿しよう!