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魔女は思い返す。
自分もまた姫と呼ばれ、足ではなくヒレが付いていた時の事を。
自分の代償は、この深海で魔女の後を継いで、魔女として生きる事だった。
それから気の遠くなるような年月が経ったけれど。
かつての自分のように、人間に恋する人魚はたまに現れる。
足を手に入れるための代償、想い人の心を手に入れられなかった時の代償。
唯一逃れる方法は、男の心臓に剣を突き刺す事なのだが。
「私を含め、その手段を取るものは見た事が無いんだよねえ」
無垢な少女の願いは、ただ好きな人に幸せになって欲しいだけ。
自分の胸の痛みなど、その笑顔に代え難いものだから。
「姫や、私はね。泡にするとは言ったけど、お前の命を代償にするとは言ってないんだよ」
そう言って、水底から遥か上の空に思いを馳せる。
「今頃コウノトリに運ばれてるだろうね」
光に包まれた魂は形を変え、その手に幸せを握り締めたままコウノトリに運ばれてゆく。
「お前の願い。“人間になりたい”だったね」
魔女は契約を違(タガ)えることは無いのだ。
「さあ。今度はお前が幸せになる番だ」
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