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『いやあ、まあ、言葉を与える魔法は確かに面倒だし、物凄く魔力を使うんだけどね。正直に言えば、この世界では、言葉がないものに言葉を与える事は禁術なんだよ、リリィ』
罰が悪そうに、自分を信じ込んでいる可愛い秘書にウサギの賢者は真実を伝えます。
『……禁術なんですか?』
リリィは目の前にいる、ウサギの姿をしている恩があって大好きな賢者が、自分に禁術をかけていることは知ってます。
でも、どういう理由で禁術をかけてしまっているかまでは知りません。
少女にとって、ウサギの賢者は、ウサギの賢者でしかないし、それで良いと考えています。
最初に助けて貰った時は、リリィは人なんかが信じる事が出来ない状態でした。
何もかもが、大嫌いと思えるような世界のなかで、それでも会っても良いかな思うことが出来る、動物のウサギの姿を、その賢者がしていたから、何とか小さな頭の隅に、考えるようとする気持ちを捨てないでいることが出来ます。
そして、もしもウサギの賢者が"人が大嫌いで人の姿を捨てた"というのなら、その当時のリリィは誰よりも賢者の気持ちが、解るつもりでした。
人が本当に大嫌いで、信じられなくて、悲しくて、産まれてすぐに捨てられていたと聞かされ育った教会の古井戸に、落ちた過去を少女は持っています。
暗く深く冷たい、その井戸に落ちたのが自分の意志なのか、それとも故意に落とされたのか今でもリリィは思い出すことはできません。
けれど、誰かに憎々しげに言われた言葉はまるで焼き付くように記憶の中で残っています。
"あんたなんか、誰にも愛されていなかったくせに"
"違う!"
少女の記憶の中でウサギの賢者の世話になる前で残っているのは、誰かにリリィは誰にも愛されてはいないと激しく糾弾されそれを懸命に否定する自分でした。
確かに物心がついた時には教会にいて、世話をされていた覚えはあるけれど、はっきりと愛された記憶はありません。
ウサギの賢者に引き取られた当初は、日がな1日ずっと瞳を閉じて寝ている事が殆どとなります。
その時は何も見たくも、聞きたくも、感じるのも、とにかくこの世界に生きているのが嫌でした。
"人"として生きていなくはならないのが、本当に嫌で、辛くにしか感じることが出来ない、そういった時間でした。
『……リリィの心は、きっと今は言葉では癒してあげる事が出来ない。だったら、変なウサギの賢者が側にいる事だけでも赦しておくれ』
その言葉にリリィは、頷く事は出来なかったけれど、強気で人前で我慢していた泪を一筋、寝台の中で流す事は出来ました。
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