第2章

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その時、パリン、とガラスの割れる音がして。 しなやかな猫のように、先生が窓から滑り込んでくるのが見えた。 「西條さん!!!」 先生は私に駆け寄って、一瞬のためらいもなく私を腕に抱いた。 「大丈夫ですか?どこが痛い?どこが苦しいですか?」 どこだろう。 何でこんなに、苦しいんだろう。 先生の温もりを感じて、初めて涙が零れ落ちた。 苦しくて、息が出来なくて、切なくて、悲しくて――― 肉体的な痛みと精神的な痛みが、同時に私を襲っていた。 「発作を起こしかけていますね。それに、過呼吸も。」 先生が、大きな手でゆっくりと背中をさすってくれる。 「ゆっくり呼吸をしますよ。吸って、吐いて。」 先生の声に合わせて呼吸をしようと思うけれど、焦ってちっとも上手くいかない。 「焦らなくていいですよ。大丈夫だから。」 ハンカチが口に当てられて、苦しくて涙が滲む。 でも、次第に呼吸が落ち着いてきた。 「よし、上手ですよ。その調子でゆっくり息をして。」 先生の穏やかな声が、私を安心させる。 呼吸が楽になってくると、私は先生の胸に身を委ねて、温もりを感じようとした。 「呼吸は落ち着きましたね。他に、どこか痛いところはありますか?」 呼吸が落ち着くと、心臓のドキドキも、背中の傷の痛みも少し和らいだ。 代わりに、先生の温もりが、言い表しようのない切なさを、私に感じさせていたんだ。 そっと、胸のあたりを指差した。 「……たすけ、て。」 先生は、私の言いたいことを分かってくれた。 初めて助けを求めた私を、先生は、両腕でしっかりと受け止めて。 「こんなに冷えて。寒かったでしょう?」 優しい声に、涙が止まらない。 「先生、」 「はい。」 「……死んじゃったんですね。」 「西條さん……。」 「ほんとに、ほんとに、……。」 先生の腕に、ぎゅっと力が入った。 「いやだあ……。そんなのやだよ、先生。」 「悲しいですね。」 「私だけ生きてるなんて、やだ……。」 「西條さんは何も悪くありませんよ。可哀想に。」 可哀想な子、と思われるのがあんなに嫌だったのに。 先生に「可哀想に」と言われると、妙にストンと胸に落ちた。 子どものように、先生の胸で泣きながら。
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