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親父に相談することなく決めた進路は東京の美術系大学。
「俺、東京の美術大学に行くから」
そう母に話せば、こちらに背中を向け新聞を読む父親の腕が震えて見えた。
新潟を発つ日は晴れていた。駅のホームに佇む俺と母。もうすぐ電車が出発する時間。結局、親父は来なかった。
母から、御弁当だからと言って渡された小さな紙袋と小さな小包。
「これ、何?」
「お父さんからよ」
訝しげに中身を確認すれば、古い懐中時計が入っていた。
それを見て、微笑む母が言った。
「ホントはね、お父さんも美術大学に行きたかったのよ。
だけど、貴方が私のお腹にいることを知って、時計店を継いだの」
普段寡黙な親父の過去を垣間見て、驚く。
「その懐中時計、お父さんが貴方の歳の頃に初めて作った宝物なのよ」
都会に向かう電車に揺られながら、懐中時計を握り締める。
「いつか俺もあんな背中になれるかなぁ・・・・・・」
電車の硝子に映った俺の顔が親父にソックリに見えた。
『あの時貴方が破った絵、お父さん、大事にとって置いているのよ』
<了>
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