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特別教室棟の階段を重い足取りで上がっていく。
感覚的に足が重くなっているのか、まだ抱えているノートの束が物理的な過重となって重くなっているのかはわからないが、どちらでもよかった。
私が小さい時は、構造物の上の階へ上がるという行為には説明しがたい高揚感を覚えていた。
厳密にいうなれば、階段を昇りきった後に窓から見える景色が好きだった。
外界と遮断された空間の中で、一心不乱に足を上げていく。その先に待つ俯瞰的な切り抜きに、少しだけ鳥になれたような、空の破片を手にしたような感覚があった。
あんなに大きいと思っていた大人も建造物も全て米粒サイズに縮小されてしまう。家の2階の窓から嫌いな人を見つけたときは、指に挟んで潰して優越感に浸った、なんてことも。
最上段から廊下を道なりに歩いていけば特別教室棟の最上階だが、最上段を右手に曲がると屋上へ続く。南京錠がかかっていて生徒の立ち入りは普段禁止されている。そして今日も漏れなく普段の中の一日なので、おそらく解放はされていない。
ただ、その屋上の先に広がる街の風景は好きだった。転落防止用のフェンスで網目の模様が入った街の切り抜きは、全てが小さく見える視野の感覚も相まって、私が街から隔離されているような錯覚に陥るのだ。
それは、疎外感や寂しさではなく、孤独という名の解放感。すべての人類の特別な私ではなく、特別な私の特別な私。私が私を理解し、制御し、操作する。私を管理するすべての鍵を一人で使っていいという気分。
少しの間だけ、鳥になれる。
階段も残り2段となった。意味もなく股を大きく開き、一段飛ばして体を持ち上げる。
ぐっ、と最上段へ寄せた体重のバランスを保ち、廊下へ続く左ではなく右側へ首を回した。
あれ、今日って、何か特別な日だっけ。
人生のうちに、今日ほど廊下に転がる南京錠に目を見開いた日はないだろう。
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