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両開きの扉を閂(かんぬき)のようにロックしていた南京錠は、開錠されたというよりは無力化されたといった風情だった。  真鍮製のツルが破壊されていた。切り口付近に物理的な衝撃による凹凸が確認できたので、工具を使って切断したわけではないようだ。  鍵穴には3本ほどのクリップが挿し込まれていた。漫画や映画で見るようにスマートには開錠できないと悟ったのか、あきらめの形として残っていた。何かしらの重量物で破壊するという行動に切り替わった変遷が読み取れた。細かなコンクリート片が散らばっている。  閉じたままの扉に取り付けられた窓ガラスを覗こうと顔を上げると、1人の男子生徒が見えた。転落防止用フェンスを取り付けるための段差に片足を乗せていて、私が先ほど好きだと評価した町の風景に向かって立っている。  彼の左手からは1本の棒が伸びていて、彼が体を前後左右させるたびに棒も伸びたり縮んだりと連動している。  それが今日の掃除時間に私が使っていたシダ箒だと気づいたのは、おそらく半開きだった掃除用具入れの事を不意に思いだしたからなのだろう。  その背中はさながらロックミュージシャンで、掃除用具入れも言い方を変えればロッカーなので私は彼をロッカーと心の中で命名した。    今日は1学期中盤のある日だが、屋上が公的に開放されるイベントはなかったはずだ。  職員室の鍵かけの一番端にある屋上の鍵(先ほどの南京錠の鍵)は、全国大会に出場した部活の記念垂れ幕や卒業アルバムのクラス写真を撮影するときくらいにしか持ち出されることはない。少なくともこの学校で2年目の一学期を迎える私はそう考えた。
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