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「藤野屋さん」  シャープペンシルの芯をケースから取り出し、1本ずつ戻すという生産性が全くない作業をしていたら、背後から声をかけられた。  泣きホクロさんだった。さすがに椅子に座っている私よりは背が高いので、今度は見下ろされる形になった。両腕でノートの束を抱えており、重そうではなかったが困った表情をしていた。目が大きく、視線の先には銃口のような威圧感もあった。 「これをさ」  シャープペンシルの芯が回収されきれてない机の上に置かれた。あ、と声が出そうになるが、喉もとでこらえた。 「先生に提出されるように頼まれてるんだけどさ、さっき職員室に行ったら先生がいなかったの。でも私、部室の鍵も開けなくちゃいけなくて」  泣きホクロさんが合掌して目を閉じた瞬間、なんとなく要件は理解できた。  代わりに先生へ渡してほしい、ということなのだろう。 「机に置いてこればよかったのに」 「あの先生、私が直接手渡さないと怒るんだもん」  ああ、あの先生。ひらがなにして6文字、ローマ字にして9文字のキーワードだけで、誰を指しているのかを共有することができた。もっとも、泣きホクロさんの担当の教科担任であるのでノートの題だけで察したのだが。 「というわけで、よろしく!!」  ダメ押しに再び合掌。閉じた両目を力いっぱい鼻に寄せている。  もうあんまり時間がない、といわんばかりに泣きホクロさんは小刻みに足踏みをしていた。視線もチラチラと体育館を確認している。  ジャージに着替え、白い野球帽を被った自称次期エース候補はリュックとセカンドバッグを抱え、私たちの後方を勢いよく走りぬけていった。  もう一人の野球部がその後を追っていった。掃除の時に自称次期エース候補とキャッチボールをしていた人物だ。 「わかったよ」  待ってました。言葉こそ発しなかったが、態度が示していた。  泣きホクロさんは「ありがとう」と口が動ききる前に足のバネを使って地面を蹴り、教室から抜けていった。
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