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「あれ。でも、私が代行で渡してもそれはそれであなたが怒られるんじゃ」
瞬間的なひらめきで席を立ちあがった私は泣きホクロさんを呼び止めようと口を開きかけた。
まだ大きい声を上げれば泣きホクロさんは止まってくれる位置だったが、それができないことに気が付いた。
あの人を「泣きホクロさん」なんて呼べるはずがない。失礼にもほどがあるだろう。
そうだ。聞こえても止まってくれない可能性だってあるじゃないか。結果として彼女があの先生に叱責されたとしても、それは歯車の噛みあいが悪かっただけで、私が責め立てられる要素はどこにもないじゃないか。
小さくため息を吐いて、強引とも正論ともいえる理屈で泣きホクロさんを呼び止めなくてはいけない理由に蓋を落とした。
泣きホクロさんに続き、クラス内で最大規模の女子グループがキャッキャと教室を後にすると、にぎやかだった学び舎はガランドウへと姿を変えた。
まだたくさん人がいたように思えたが、くだんの女子グループが大げさに盛り上がっていただけで、私と泣きホクロさんを含めても8,9人だけであった。
加えて彼女らは運命共同体なのではないか思わせるほどに固まって行動するため、教室から声がなくなるのは一瞬だった。
斜陽がさらに急こう配になった。教室内に入り込んだ夕日が顔を上げた。
私はどうせ誰にも聞こえてはいないのに、聞こえないようにため息を吐き、ノートの束を持ち上げる。おもっていたより重い。
一番下のノートの表紙に黒い線が入っていた。机の上には折れたシャープペンシルの芯が転がっていた。
申し訳ないことしたな。そう思いながら表紙に書かれた名前を見たが、誰の名前なのか忘れてしまった。
まあいいや。再び私はため息を吐いて、ノートを抱えて歩き出した。
掃除用具入れの扉が少し開いていたので、肩で押して留め具をかみ合わせた。
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