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もしも信長殿が現れなかったら……。
いやいや、今日は式の当日なのだ。さすがにそれはなかろう。
だが、万が一ということも…。
帰蝶の心の中で、僅かな期待と、大きな不安とがせめぎ合っていた。
「…?」
そんな帰蝶が怪訝そうに眉をひそめたのは、下座の人々の顔ぶれを改めて見た時だった。
信秀の後ろに、正装をした秀貞や勝介ら家老たちの姿が見受けられるのだが、何故かその中に政秀の姿がない。
政秀はこの婚儀を提案した重要人物であるというのに、そんな彼がこの場にいない事が帰蝶には不思議でならなかった。
「──千代山殿。平手殿は如何したのです?」
帰蝶は小声で側の千代山に伺った。
「畏れながら、平手様はご不在にございます」
「不在?」
「少々込み入った事情がございまして、只今城外へ出ておられます」
「このような日に城外へ──いったいどんな事情で?」
「……はい…それが…」
千代山の顔面が、思わず焦りに歪んだ。
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