蝮の衷心

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同じ頃、道三は居室の上段で胡座(あぐら)をかきながら、暢気(のんき)にも刀の手入れに(いそ)しんでいた。 対して黒漆(くろうるし)塗りの総床板の下段では、家老の堀田道空(ほったどうくう)が、その白髪交じりの眉を微かに歪めていた。 「左様にございますか。やはり殿は、姫様を尾張へ」 「ああ、もう決めた事じゃ。そちまで小見のように不服を申すなよ」 「不服など、滅相もなき事にございます。(なが)の年月殿にお仕えして参りましたが、未だに(まむし)の毒は恐ろしゅうございます故」 「はははっ、そうか、恐ろしいか」 道空は微笑(わら)って首肯する。 「されど、あの信長殿が婿殿では、殿も油断が出来ぬのではございませぬか?」 「何じゃと」 「信長殿は “ 尾張の虎 ” と称されし織田信秀殿のご子息なれど、その渾名(あだな)は尾張の大うつけ」 「その呼び名は聞き飽きたわ」
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