嵐の後

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「殿ならばきっと、常識という型の中で生きてきた私に、今までにない清新な世を見せてくれる。 道理に囚われない殿ならではの、斬新なやり方で、いずれ天下を取って下さるはずだと──濃は信じているのでございます」 まるで濁りのない美しく澄んだ瞳で、濃姫は静かに夫の細面を眺めた。 「……天下、…天下か」 姫の放った一言を重々しげに暗唱すると、信長はサッと立ち上がり、右手の障子の前へと進んだ。 そして自分の肩幅くらいに障子を開けると 「お濃。儂はな、理想などではなく、まことに天下を取ろうと考えておるのだ」 降り頻る小雨を見つめながら、信長は心組みも固く述べた。 夫の白い夜着の背に視線を送りつつ、濃姫は一瞬驚いたように両眉をつり上げる。 「無論 尾張一国もまだ手中に出来ておらぬ儂には、天下などまだまだ遠い先の話じゃがな」 「…天下、それが殿の夢なのでございますね」
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