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「美桜」
愛しい人が私の名を呼ぶ。しかし、それは私に向けられたものではなくて‥‥ 彼は隣に座る女を優しく抱き締めた。
あの低く妖艶な声も、あの優しい眼差しも、あの温もりも、以前は私に向けられていたものなのに。
「優真?」
私と同じ名の女は顔を薄紅に染め、彼の名を呼び返す。
やめて。馴れ馴れしく優真様の名を呼ばないで。 私の優真様から離れてーー そんな私の悲痛な願いは届かない。
落ち合うはずだった、この桜の下でずっと貴方だけを待っていました。どんなに時が移ろい、変わって行っても、きっと貴方が私を迎えに来ると信じて。そして、巡り会えというのに。
どうして? どうして、貴方は私に気づいてくれないのですか? こんなにも貴方の傍にいるのに。
どうして? どうして、私のことを覚えていないのですか? こんなにも貴方を想い続けているのに。
約束の日ーー駆け落ちの日ーーこの桜の下に冷たくなっている貴方を見つけました。そして、その横で血の滴る刀を持った父様に告げられました。優真様をお切りになったと、貴方がもうこの世にいないと。
もう目を開けることのない貴方の傍で、私は後を追うことを決めました。貴方は私の全てでしたから。夜明け前、桜の下でこの首に縄をかけました。貴方と再び巡り会えるよう祈りながら。
しかし、その縄は私をここに縛り付けました。私はずっと優真様を待ち続けることしか出来ませんでした。そして、やっと巡り会えた。それなのにーー
優真様は女を愛おしいそうに見つめている。
「好きだよ」
私以外の女に愛を囁かないでーー 溢れ出る涙は静かに頬を伝い、桜と共に吸い込まれるように地面へと落ちて行きました。
優真様……
私の首に絡み付く縄ゆっくりと解き、優真様の首にかけました。
「ずっとお慕いしております」
ゆっくりと縄を引きました。永遠に私だけの優真様でいてくれるよう、桜に祈りながらーー
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