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昔から、い草の香りが好きだった。
「伝統に触れて見ませんか?」
そんな呼び込みチラシに軽い気持ちで
アルバイトの面接に来たのは10年も昔の話。
大汗をかきながら黙々と畳に糸を通す
二代目の姿は洗練されていて美しかったな。
心地良く響く畳に杭を打ち込む音。
木槌のリズムが意識を覚醒させていく。
…………ふと、目を覚まし起き上がると
肩に掛けられた布団が床に落ちる。
どうやら私は帳簿に負けたらしい
机にはメモ書きが貼ってあった。
[娘はお婆ちゃんに預けたよ。
疲れてるのに悪いな。
客からの電話では起きてくれよ。
二代目より]
壁の時計は夜中2時を指している。
「あらら、随分寝ちゃったな」
寝ぼけながら麦茶を飲んでいると
作業場から物音がする事に気が付いた。
小窓から作業場を覗くと
畳職人の姿が見えた。
昔ながらに汗をかき
畳を綺麗に仕上げていく。
「御義父さん、こんな時間に何やってるのよ」
呆れながらも伝統技能に見とれていると
御義父さんの声が聞こえてくる。
「俺は、もう引退だ。
これからはお前が二代目を支えて行くんだ」
誰と話しているのだろう?
最初は私に気が付いて
話掛けているのかと思ったが違う様だ。
「お前は覚えが良いと聞いている
倅(せがれ)よりは職人に向いてるだろうよ」
また一枚畳を仕上げる。
丁寧に、見せ付ける様に。
「お前は良い畳を作る事だけを考えろ。
納得が出来なきゃ手を止めたって構うものか
それが職人ってやつさ」
最後の一枚を仕上げると
馴染んだ道具を袋に終う。
「倅は技よりも大事な物を守る為に
生きなきゃならん。
だから、お前が俺の魂を継げ」
作業場を後にする御義父さん
「お前の作る畳は案外悪くない」
畳を造る機械をポンッと叩き出て行った。
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