ネクタイ

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「卒業生は壇の下に一列に並んで」 あいつ、まだ来ないのか。いったいどうしたんだ。卒業証書の授与が始まっちまうぞ。 卒業生がたった12人しかないこの田舎の高校の卒業式じゃ、あっと言うまに終っちまうじゃないか。 ――――――― ――――― ――― 「お前、また吸ってんのか」 田邊洋(たなべよう)は俺がこの高校に赴任したとき、高2になったばかりだった。 「知ってんだろ。3回吸ってるとこを見つかったら、停学だぞ? 」 だが俺は洋の喫煙を公にはしなかった。 「あの子の両親はいったいどこにいるんだかね」  昔この高校の国語教師だったフネばあちゃんが、「おすそわけや」 と庭で育てたナスを届けにきた時に話してくれた。 父は東京に出て行ったきり戻らず、田舎生活になじめなかった母も、ある日迎えに来た男と車で走り去ったきりだった。実質的に洋を育てたのは祖父母だった。だがその祖父母も他界し、田舎の一軒家で17歳の彼は1人暮らしをしているんだと。 落第ギリギリ程度にしか学校に来ないヤツのことを、他の教師たちはもう諦めていた。 こいつをなんとか高校卒業だけはさせたい。大人の都合に振り回されたヤツの人生を、そんなことの影響でダメにさせてたまるか。 新任数学教師の意地だった。 「イライラすると吸わずにいられねぇんだ」 そう言う洋にもちかけた。 「仕方ない、タバコは目ぇつぶってやる。その代わり、俺の補習に週2回、必ず来い」 「いらねえよ」 「いまどき高校も出てないとこの先はないぞ。一生人に使われたいのか? 」 俺と洋は、契約を結んだ。 ――― ――――― ――――――― 数々の怒鳴り声やら愚痴やら罵詈雑言の交換を経て、それでも接してみると意外に頭の回転は速いヤツだとわかった。 赤点だらけだった答案は、高3の秋には平均して70点以上を取れるようになっていた。 そして今日はついに卒業式。晴れてあいつを送りだす日が来た……はずだった。 「お、なんだあ? パトカーが来たぞ! 」 窓の外にサイレンこそ鳴らしてないが、赤いランプが流れるように映った。 中から出てきたのは、なんと洋だ。 あいつ、よりにもよって、こんな日に警察沙汰かっ!? 「何やってんだ……」 気力が一気に萎える。
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