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バタン! 観音開きの扉を開けて入ってきた洋の姿に、会場が静まり返る。
上着を手に持ったままシャツはよれよれ、ネクタイもしてなくて、まさに今喧嘩から戻ってきましたといういでたち。
「お前……!」
この2年間、ここまでがんばってきたのに!
最後の最後で!
「ちょっと来い! 」 ヤツの首根っこを捕まえ、会場から引きずり出そうとした。
“やっぱねえ” “あんなのに手ぇかけたって” そんなひそひそ声が耳をかすめた。
「村上先生は卒業生への記念品授与と握手があるでしょ。俺が校長室に連れてきます」
化学の先生が洋の腕を捕まえる。
「待てよ、違うったら! 」
英語の先生がヤツの反対側の腕を掴み、二人がかりで「離せよ! 」 と叫ぶ洋を引きずっていった。
「そういえば警官はどうしたんですかね」
そんな声を背景に、急いで壇上へ向かう。
卒業する11人は一列に並び、名前を呼ばれ壇へ上がって校長から卒業証書をもらい、担任だった俺のほうへ来ると記念品をもらって握手して、壇から降りるという段取りだ。
洋、お前とここで握手したかったよ。
この2年間、あんなに、2人で怒ったり笑ったりしたのに。
卒業証書を手に誇らしげに壇を下りるお前を見たかった。
11人目が壇を降り、次に行われる下級生のコーラスの準備のために俺も降りようとしたとき。
「あ、またパトカーだぜ?」 という声も終らないうちにぱーん! と勢いよく扉が両側に開かれた。
「洋はどこにおるねっ!? 」
フネばあちゃんだ。なんと巡査の佐藤さんにおぶわれている。
手に何かをヒラヒラさせながら。
「おばあちゃん、どうしたの。ま、とにかく座って」
「ちがう、洋を探しとんの。これ、渡さんと! 」
は?
「あの子、今朝あたしがバス停んとこでコケて右足を酷くひねって動けんのを見て、このネクタイで足を板にしばりつけて、自転車で病院に連れてってくれたんよ」
もと教師だけあって、フネばあちゃんの声はでかくて会場中に響き渡った。
「けどたまたま病院に来てた佐藤ぼんに聞いたら、今日卒業式だって!? 間に合わんといかんと思ってパトカーで送らせたのに、ネクタイ返すの忘れてしまって」
フネばあちゃん、教え子だった佐藤巡査を足代わりに使ったのか……しかも2度も。
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