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「今しかないよ、優飛。逃げられるのは今だけ。手が離せば、それで全部元通り」
琉偉さんの悪魔の囁きが耳に響く。
紗瑛さんの腕を掴むオレの手が、少しだけ力を失った。昔の恩人と自分の未来を天秤にかけて気持ちが揺れているからだ。
それを悟った紗瑛さんが、おびえた目でオレを見る。縋るようなその目を見ることに耐えられず、オレは即座に視線を逸らした。
助けたら、彼女は樹のことを暴露する。助けなければ、秘密は守られる。オレはどうするべきか。
激しい葛藤で、頭が痛い。わからない、もうどうしたらいいのか。
何より確実なのは、オレの名が犯罪者として世に知れ渡ることを恐れる気持ち。
たとえ本物の犯罪者であろうとも、その罪が公にならなければ……世間的にはオレは一般人のままでいられる。
紗瑛さんは恩人。紗瑛さんは何も悪いことをしていない。紗瑛さんは死ぬべき人じゃない。
だけど……。
どうしても怖い。罪が露呈されることが、父親のように世間にさらされるのが、周りの人間が離れていくことが。
浮かんできた涙で視界がぼやける。そして、とうとうオレの手は力を失い、紗瑛さんの腕がすり抜けた。
オレが最後に見たのは、絶望の色に染まった紗瑛さんの顔。その顔が、暗い闇の中に消えていき……次の瞬間、身体が打ち付けられた衝撃音と共にグチャッと嫌な音が響いた。
ぺたりと床に座り込み、オレは泣きながら笑っていた。
最低だ。紗瑛さんは正しいことをしようとしていたのに。結局、オレは自分が大事なんだ。どんなに大切な人でも、自分の窮地に陥れば簡単にその手を離してしまう。
「よくやった」
将勝さんの声とともに、オレの肩に手が置かれた。
よくやった……何が?彼女を見殺しにしたことか?
虚ろな目を動かして、Sの面々を見る。みんな、ホッとした表情を浮かべていた。つくづく思う、Sはロクでもない人間の集まりだと。
いや、これはSに限ったことじゃないかもしれない。他人のために自分の人生を犠牲にできる人なんて、この世にどれほどいるのか。
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