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「…………せん、せい?」
目の前の光景が理解できない。なんで先生は、他の女の人とキスしているの? どうして、なんで、どういうこと?
「先生は、私にウソをついていたの。でも、先生はウソは嫌いだって、嫌いだって言ってたから、きっと勘違いだよね…………きっと、そうだよね」
絵の具を一滴、水に落とし込んで、透明だった水が染まっていく。真っ黒な絵の具を水の中に流し込んで筆でかき混ぜたみたいに真っ黒に染まっていく。
「先生は、私のこと好きって言ったもん。ウソなわけない。ウソはいけないことだもん。ウソをつく悪い子は閻魔様が舌を引っこ抜くっておじいちゃんが言ってたもん。だから、先生が嘘をつくわけがないよ。きっと、きっと、きっと。夢だもん。こんなのきっと、夢……」
夢ならほっぺを抓れば目覚める。こんな悪夢はきっと目覚める。悪夢は終わる。終われ、終われ、終われ、こんな悪夢は終われ、頬に爪を突き立てて、皮膚に食い込み血が溢れ出した。
痛い、夢じゃない。現実。のどがからからに乾いて泣きたくもないのに、涙が頬を伝う。ヒゥッ、ヒゥッと口元が笑う、私は今、どんな表情をしているかわからない。頬から溢れる血と涙が手の中で混じり合って気持ち悪い。
悔しかったわけじゃない。悲しかったわけじゃない。先生は大人で、私は子供だ。先生にはきっと私に言えない秘密がたくさんあるんだ。
──────カチ、カチ。
思い上がりだったんだ。子供の私が恋をしようだなんて、ごっこ遊びでしかなかったんだ。
──────カチ、カチ。
教師と生徒の恋愛なんて、少女漫画だけって心のどこかでわかってたのに、大人になれたと天狗になっていた。
─────カチ、カチ、カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ──────カチ、
「それでも、それでも、先生、私は先生のこと好きだよ」
子供とか、大人とか関係ない、私は先生のことが好き。最初は先生に怒られたくなくてそうしていたけれど、もう、この気持ちは嘘じゃない。
「先生? 嘘はよくないよね。嘘はダメだよね」
カチ、カチカチ、カチカチ───ボールペンの頭を何度も、何度も出し入れする。私は素直ないい子だから、自分の気持ちに正直に、嘘をつかない。
─────カチ、カチ、
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