第1章

7/31
前へ
/31ページ
次へ
 山の日暮れは早い。参拝が済むと急いで山道を下った。来た道を黙々と歩いた。加奈子は種間寺で柄杓を見てから、ずっと黙ったままである。ここまででのお遍路旅では決して寡黙な人ではなかった。饒舌というほどではないが、良く喋る人だった。急にふさぎ込む理由は思いつかなかった。 「タクシー呼ぼうか?」 「大丈夫です」  加奈子がことさら元気そうにいった。 「呼ぼう、山道は物騒だ、何が出るかも分からない。要心するに越したことはない」  雅宏は書き留めて置いたタクシー会社に携帯で連絡した。さほど歩いていないなら寺の駐車場で待つようにいわれた。狭い山道の途中では回転するのが難しいといった。 二、三百㍍は下りているだろうか、雅宏は加奈子の前に出で背を屈めた。 「駐車場にいてくれといわれた。背中に乗りな、負ぶって行くから」  一瞬、加奈子が顔を赤らめたが、素直に負ぶさってきた。そして立ち上がったとき加奈子の息が異常に熱いのが分かった。手を触ると三十八度以上はありそうだ。 「加奈ちゃん、熱があるじゃないか、どうして早くいわないんだ」 「ごめん、昼過ぎから熱が出て来て、大丈夫と思っていたんだけど」  駐車場に戻った。雅宏は直ぐタクシー会社に連絡した。そして事情を話して急いでくれるように頼んだ。もし、遅くなるようなら救急車を呼びたいと伝えた。 「お客さん、あと五分もすれば着きますから、こちらで市民病院に手配しておきますから、安心ください」  折り返すように携帯にタクシー会社から連絡が入った。そうこうしているうちにタクシーが着いた。直ぐに乗り込むと、運転手はクラクションを鳴りっぱなしにして山道を下って行った。登ってくる車に気をつけろと合図しているのだろう。  土佐市民病院に着いた。土佐市役所から反対側へ入ったところにあった。既にタクシー会社からの連絡で、救急車用入り口にはストレッチャーを用意した看護師が待機していた。  雅宏はこれまでに国内で救急車を利用したこともなければ、付き添いで乗ったこともなかった。  看護師は手際よく加奈子をストレッチャーに乗せ、所定の診察室へ運んだ。その間、看護師から加奈子の状況を訊かれ、熱が高く背負ったところまで微細に説明した。
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加