第1章

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 その後で患者との関係を訊ねられた。そこで雅宏の思考ははたと止まってしまった。どう答えればいいいのか絶句してしまった。正直に答えるなら「愛人」が妥当だと思ったが、まさかこんなところで暴露する必要はない。  とっさに雅宏は「遍路同人」と答えていた。目的が同じ仲間という意味だが、看護師には分からなかったようだ。おそらく遍路姿だから「同行二人」と理解したようだ。遍路参りの連れとでも思ってくれればいい。  その後、患者の住所、氏名、職業が問われ、保険証の有無を訊かれた。それは四国参りに出る前に言っておいた。旅の途中では何が起こるか分からない。運転免許証と同じで何かのときに身分証明書になる。  診察の結果、医者は感冒だといった。要するに風邪である。ただ肺炎になる一歩手前だったと簡単に説明した。三十過ぎの医師だった。  それによると空気の通り道を気道といい、鼻や口から声帯までを上気道、その奥の気管支を下気道という。風邪は上気道の炎症の病気なので、上気道炎。下気道の炎症は気管支炎であり、さらに奥にある肺の炎症は肺炎ということだった。 「疲労しいると、ウイルスに感染し易いですから、あまり無理しないでお詣りしてください。……点滴をしておきますから、終わればお帰りになって大丈夫です」  雅宏はインターネットでホテルを探した。加奈子の体調次第だが二、三日休養してもいい。何ならレンタカーで回ってもいいと思った。  ざっと地図を見ると参拝が終わった清瀧寺から、三十六番青龍寺までは十五㎞、そこから三十七番岩本寺まで五十五㎞。また、そこから三十八番金剛福寺まで九十五㎞。そして高知県内最後の札所三十九番延光寺へは六十五㎞とつ続く。合わせると二百三十㎞の長旅である。  病み上がりの加奈子には過酷な旅だと思った。  ホテルは国道五十六号線沿いにあった。全国展開しているホテルで、徳島でもよく見かけている。予約が出来ると直ぐレンタカー会社を探した。一社あった。予約したホテルから一㎞ほど中村街道を西寄りに下ったところだった。  点滴が済んだ加奈子が出て来た。意外と元気そうな顔色だ。まずは一安心といったところである。  翌朝、雅宏が目を覚ますとすでに加奈子は起きていた。化粧も終わっていた。
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