8/13
前へ
/20ページ
次へ
「兄上と仲が良かったのでしたか」 顔を前に戻して私がそう聞くと、お名前以外にも覚えておられるではありませぬか。と感心したように海の男らしい快活さを含んだ顔で船頭は笑った。私は船乗り達の飛びぬけて明るいこういう顔が好きである。特に表裏のない顔で笑うこの船頭の笑みを私は気に入っていた。 「歳も同じで、気心知れた良い相談相手なんだと互いに仰って居られました。昔はよく船で行き来したものです。」 そう言って船頭は向かっている先とは反対のほうを眺めて昔辿った海路でも思い出すように視線を段々と彼方へ向ける。須野様が治めておられる土地は伯父上の城よりもまだ先に行った方にあり西側で、私が治めている土地は伯父上の城よりも東側にあった。國の中では結構な距離があるが、その距離を行き来する仲というのなら、兄上と須野様は本当に仲が良かったのだろう。 「弥助がそんな風に話すのなら、悪い方ではないのですね、」 笑っている船頭の弥助を眺めながらに、ぼんやりとそう言うと弥助は驚いた顔をした。 「何を申されますか。左近様も何度か遊んでいただいて居られた……事は忘れておいでですかな。」 途中まで言ったところで弥助は私が困った顔を浮かべているのに気付き、言葉を変え柔らかい声色で言った。 「……あまり覚えておりませぬ。」 「はは。無理もありませぬ。左近様がこのぐらいの頃の話に御座いますからな。」 私が正直に白状すれば、弥助は明るく笑い飛ばし、そう言って船から三尺くらいの所へ手を翳した。今より一尺幾寸か小さい頃の私を思い出したのか弥助は顔を綻ばせる。そして出した手を引っ込めると、顎に手をあて今度は船を泊めていた浜のあったほうを眺めた。 「……私が知っている須野様は悪い方ではありませんが、随分長く戦に出られて居りましたからなあ。多少は御人が変って居られたかも知れませぬ。」 「左様ですか」 気のない返事をして私は浜でのことを思い返した。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加