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「何かあったのですか?」 「いえ。何というほどのことでは。向こうも此方と変らぬ様でございましたから。」 国外での戦は兵ばかりでなく、兵を乗せた船を動かすために集められた水夫達の命も多く奪っていった。この船に乗っている船員も身内のものを失わずにいれたものの方が少ないだろう。慣れぬ地での重労働に倒れるもの。水に殺されるもの。飢えて死ぬもの。国全体での死者は戦でしぬよりもそれらで死んだものの数の方が多いようにさえ聞く。閑散としていた城下や港も戦に出していた者たちが帰ってくれば騒がしくなるのだろうかと思っていたが、私の考えは外れていた。兵達が戻ってすぐこそは騒がしくあったが、暫くして見回りに行くと空いたままの家もそこかしこに残っているのが目に入った。溜息をつく間もなく、将格以下の兵達は農民に戻り荒れた田畑を耕しに出ている。 この國には人が余るほどいるわけではなかった。それで御爺様の代の頃に農民を戦のときだけ兵に変えて戦に駆り出すという仕組みが編み出された。純粋な将兵というのはこの國には一握りしかいない。兵の殆どは國に帰れば種をまき作物を実らせなければ生きても行けない。疲れを癒してやりたくともその間を与える事さえも出来ぬほど、長きに渡った戦によって領地は弱っていた。 「ただ、須野様は御自身も戦へ出て居られましたから。船の上でのやり取りを聞く限りでも、随分ご苦労なされているようだと言うのがあちらの者達の話に御座います。」 当主が私へと代わり、香々見の領地は減らされたものの私を擁護するために香々見から戦へ出す将兵は減っていた。そのしわ寄せは当然の如く他家に及ぶ。須野家は國内では最上位を誇る領地を持って居た為しわ寄せのほとんどは須野様へ行っていたのだろう。それだけでは無い。軍代を任されていた兄上が居なくなり、戦での重責は須野様へ移ったものと思われる。 「左様でしたか。」 ようやくその責から解かれ戦地から戻っても、痩せた領地を前にして彼も息をつく間もなく筆や足を走らせているのだろうか。浜を駆けてきた彼にはそんな苦労の影は一つも無かったように見えたが。 そんな事を考えながら、誰かに問うように横目で陸を眺める。潮風が吹き抜けて髪と蝶々結びにした柑子色の結い紐を揺らしていく。
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