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「いやはや本当に、須野殿には困らされたものです。」
言い終えると狭川殿はわざとらしく困った顔を作り、同調を求めるように肩を潜めてこちらに目を向けた。狭川殿の言葉に頷く気はさらさら無かったが、ここで狭川殿から目くじらを立てられてしまっては敵わないので、嫌な顔を出すわけにも行かず「左様でしたか」と私はほどほどの返事をする。
「ところで、お話というのはその話と関係があるのでしょうか。」
「ええ、勿論。」
余計な言葉は出てきても、どうやら余計な話をしたわけではなかったらしい。
「香々見殿とこちらの御住職に須野殿の身柄を預かっていただきたく参上した次第に御座います。」
「伯父上がそう仰られたということで良いのですね。」
恭しく頭を下げた狭川殿に確認をとると、頭を下げたまま蛇が獲物を見るような目で狭川殿はちらりとこちらに視線を向けた。
「はい。香々見殿にはお目付け役と申し上げた方が正しかったやも知れませんが。」
言葉を聞きながら、隣の左衛門佐殿に目配せをしようとしたところで気がつく。何故私のような若輩に目付け役を、と思ったが。そうか。私ではない。伯父上は左衛門佐殿を試す気でいらっしゃるのか。
左衛門佐殿は、そのような御方ではないのに。
「そのお役目承りました。」
隣に視線を送るのをやめ、瞼を閉じて言葉にする。私はゆっくりと目を開き、狭川殿の方へ顔を向けたまま、続けた。
「良いですね。左衛門佐殿。」
香々見の拝領地は広い。父上が亡くなられた際に随分削られたと聞くがそれでもまだ十二分に広くあった。そして今実際に香々見の領地を取り仕切っているのは幼君の私ではなく、後見人の左衛門佐殿なのである。つまり伯父上に試されているとするならば、私でなく左衛門佐殿の方であった。加えて、伯父上は左衛門佐殿が後見人という立場を利用して私を傀儡としないかと疑念を抱いているのだろう。胸の内にそのような疑念が燻っているが為に伯父上が左衛門佐殿に睨みをきかせているという事は私も分かっていたので、先日は気付かぬふりをした。
そう。黙ってこそいたが。
私が父代わりとして慕ってきた人を疑われるのは心地いいわけがなかった。
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