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「元気にしていたか左近。」 「はい。変わりありませぬ。」 平常通りに答えた私の声に対して元気かとお聞きになられた伯父上の声は喉を痛めたようにしゃがれていた。伯父上の顔色は決して悪くは無かった。けれど何故か、いつもは伯父上を狼のように強く見せる白く荒々しい髪がふと伯父上を弱々しく見せた気がした。 「……伯父上は、」 「ああ。大したことはない。ただの風邪だ。」 しゃがれていても芯の通った声であたたかく笑う伯父上。その言葉に偽りが無い事は分かっていたのだが、幼い頃特有の多感さからだろうか。意識の水面下では風邪ではないような気がして、それは胸騒ぎとなって心の内に浮き上がった。 「風邪といえども長引くと厄介者にございますゆえ、どうかしっかりと療養なされて下さいませ。」 きっとそんな不安から私は伯父上にお願いをした。伯父上は私の言葉を聞き声高に笑う。 「はっはっは。父に似て手厳しいではないか、左近。」 笑い終えると伯父上は私の目を見、しっかりと微笑まれた。 「分かった。話の後はゆっくり休んでおこう。」 私はその言葉と笑みに安心し、伯父上の瞳の奥の輝きを見ている内に胸騒ぎも静まった。その後、伯父上は私に政事の話をして下さり、私の日頃のことを左衛門佐殿へ問うておられた事は覚えている。幼いなりの仕事量ではあったが、きちんとこなしている私を見て伯父上はこれならば将来に不安はないと安堵の色を顔に浮かべていた。その一方で私に分からぬように、伯父上が釘をさすかのような目でちらりと左衛門佐殿を睨んでおられた事にも、私は気がついていた。話の最後に伯父上が「ゆくゆくは父のように主家の右腕となることを期待している。」と私に仰られたので、私は礼をし、「ご期待にそえますよう、懸命につとめさせていただきます。」と答えた。伯父上が満足そうに深く頷かれたのを見て取って私は礼をしなおし、左衛門佐殿とともに伯父上の前から下がり部屋を出た。左衛門佐殿が元々寡黙な方であったこともあり、部屋から出た後には自然とお互い口を開く事は無く、無言で船を泊めている浜まで降りていく。
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