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左衛門佐殿は例え伯父上に本気で睨まれたとしても動じるような方では無いことを私は知っていたが、浜までの階段を降りる左衛門佐殿の目の色にはこの時わずかな疲れが伺えた。 「左衛門佐殿ではないか!」 階段を降り終え、浜を歩いていると海のほうからそんな左衛門佐殿を呼ぶ声がした。男の嬉々とした声に、左衛門佐殿は半分閉じていた目をはっと見開いてその主を確かめる。私が左衛門佐殿の視線の先を辿ると、一人の男が軽く船から飛び降りて無事に砂地へ着地するのが見えた。 「久しゅう御座いますな!」 男は左衛門佐殿に人懐っこく声をかけながら、浜には慣れているようで砂に足をとられること無くこちらへ駆けて来る。その男を追うように船から一人、彼の従者らしき人も降りてきてこちらへ歩いてくる。 「無事に戻られたと。聞き及んでは居りましたが、」 彼がそばまで来た頃、呼吸を忘れていた左衛門左殿が息を吸い込みそう言って、目は驚きを保ったまま懐かしむように続けた。 「いや、本当に。大事無いようで何よりに御座います。」 「……はは、」 左衛門佐殿の言葉に何故かつまされたように目を伏せて苦笑いをした後、男は左衛門佐殿に視線を戻し嬉しそうに笑った。 「ありがとうございます。」 誰だろうか。私は暫く左衛門佐殿の顔色を伺ってから、目の前の男をまじまじと見上げた。少しつり目がちな海の緑のような瞳。右と左で色の別れている前髪はそれぞれ白色と緑がかった青色になっている。後ろで三つ編みにして束ねられた髪も三分の一ほどは青い色で残りは白い色をしていた。白色も、青色も誰かに似ていると私は思った。 ―白い色は先程会った伯父上で。ああそうだ、青い色は若様の髪色にそっくりだ。目の色も若様によく似ている。 一人納得して、私は目の前の彼が誰なのかを何となくに思い出した。確か、須野孫次郎様だ。長い戦に赴く前に私に会いにいらっしゃったような気がする。兄上と親しかったという人だ。 「左衛門佐殿こそお変わり無さそうで安心いたしましたぞ。」 孫次郎様は陰り一つ無い顔で満足そうな笑みを口にたたえた。そして左衛門佐殿から、高い目線の下に居たのだろう私へ孫次郎様の視線が移る。
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