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「そちらは、鶴壽丸殿かな?いや。見ぬうちに随分大きくなられた。」 手に持っていた扇子を口元へあて微笑まれた孫次郎様へ、私は間髪いれずに言葉を発す。 「孫次郎さま、すでに元服の儀を済ませておりますゆえ、どうか幼名でお呼びくださいますな。」 私の言葉を聞いた孫次郎様はぱちぱちと瞬きをして、記憶を辿るように目を横にやる。やがて思い当たる話に行き当たったらしく、孫次郎様は「ああ。」と声を漏らした。 「そうであったな、失礼をしてしまった。」 瞼を閉じ口元に当てていた扇子を横にすると、罰が悪そうに空いたほうの手で扇子の端をつまむ。 「しかし、困った事に肝心の名を聞き及んでいなくてな。」 孫次郎様はそう言うと片膝を砂へつけて私と目線を合わせる。立てた右膝へ左の手首を乗せ、彼は優しく笑い、そして私に問う。 「なんと名を賜られたか、お聞かせ願えるかな」 私は彼の言葉に小さく頷いて、素直に応じた。 「香々見左近、隆和とた―」 突然、手を前に出され言葉を遮られる。私はその手の先を辿った。 「―左衛門佐どの?」 左衛門佐殿は何も言わずに、固く口を閉じて私をかばう様に腕を伸ばしていた。左衛門佐殿が微動だにせず見据えているその先では、孫次郎様が驚くように目を見開いている。状況に理解が及ばずに、戸惑い始めた私に左衛門佐殿は何も言ってはくれず、ただただ孫次郎様の方を目で捉えて動かない。どうしてか空気が肌を刺すようで、私は脈が速くなっていくのを感じた。凍ったような空気の中、目を泳がせて再び前に立つ孫次郎様に目を向けたところで、孫次郎様の後ろで彼と同じように目を見開いていた彼の従者が私に気がついた。
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