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第1章
日もすっかり沈んだ夜のこと。
僕は佐々さんをバス停まで送り届けた後、例によっていわくつきの噂が飛び交う道を通り、家まで戻った。
そして普段はしないんだけどただ何となく、あるいは小夜さんへのご機嫌取り的な意味もあって郵便物を取り入れることにした。
取り忘れた夕刊や水道工事の宣伝のチラシ、様々な集まりの招待状に混じって、一通だけ妙に違和感のある封筒が入っていた。その奇妙に真っ白な封筒は、宛名も送り主も書いておらず、また切手さえ貼っていなかった。
ということは、誰かが直接郵便受けに入れたということになるのだろう。
家に届けられるこういう不審な封筒は、大概において家業に恨みを持った嫌がらせの手紙である。心臓に剛毛が生えた親戚一同ならまだしも、普通の人間の心臓を持った小夜さんや妹はこういう手紙を怖がる。だから、彼女たちの目につかないうちに開けてしまって、後日親戚に送って判断を仰ぐことに決めた。
僕は常夜灯の近くまで行って封を切り、手紙を出して内容を確認した。
今までのものなら、やれお前らは汚いだの天罰が下るだのと、実に分かりやすく抽象的な内容がほとんどであった。だが、その手紙の内容は今まで届けられたどの不幸の手紙ともだいぶ毛色の違うものだった。
『ベルフェゴールと手を切れ。さもなくばお前を殺す』
ベルフェゴールとは、便所に居座り好色を誘発する悪魔である。女性嫌いで有名で、牛の尾にねじれた二本の角、顎にはひげを蓄えた醜い姿で描かれる。
身の回りに、そのような人物がいる覚えはない。また、ベルフェゴールの性質を考えれば家のことを指しているとも思えない。
では、ベルフェゴールとは何のことなのか。無視してしまうこともできるが、相手ははっきりと手を切らなければ殺すと書いている。何故かその一文には、揺らぐことのない意志を感じた。
このことはまだ親戚には報告しない方がよさそうだ。
僕は勝手にそう判断して、雑な字で書かれた手紙をポケットに押し込んだ。
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