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それは、少し嫌だった。 なにもかもどうでもよくなった彼にとって、ただそれだけが嫌だったのだ。 少しでも胸を痛めて欲しい。僅かでも禍根でさえ残ればいい。ただ覚えていてくれたら、それで充分だった。
特別な物以外に目を留めないこの世界の中で彼は足掻いた。
もがき続けた。 そして、ついに辿り着いてしまったのだ。
だから、「約束の時」がやってくる。 彼が写真を持った手をパタリと床に置く。 横たわる彼の顔を真っ黒なフードを被った男がニタリと笑って見下ろした。 ボロボロのフード付きのマントを羽織り、巨大な鎌を手にしていた。 そんな死神はギザギザした歯を見せ口角を三日月のように上げる。
「さあ、約束の時だ神木聖歩。お前はこの世界を満喫したか?」
そう言いながら、死神は彼の首元に鎌の切っ先を突きつけた。名前を呼ばれた彼はそんな事をされても今更動じない。聖歩は歪な笑みを浮かべた。 この世の全てを嘲笑しながら彼は告げる。
「……うん。もう充分。こんなクソみたいな世界とはさよならだ」
死神の鎌が舞う。 そして彼は、居なくなったのだった。 たった一縷の希望を残して。 誰もいなくなった部屋に風が吹く。 遮光カーテンが舞い上がると、窓から光が射し込んだ。そして一片の桜の花が彼女の写真に降りたのだった。
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