第1章

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高校時代から矢代の悩みを知っていただけに宗助も嬉しかった。 「雨宮先生は? 」 「オマエの荷物見とる。それに、照れ屋やしな」 「そか」 「じゃあ。そろそろ時間もないし、いこか」 「宗ちゃん・・・」 楽人が宗助のTシャツのすそを軽く引いて、ライトブラウンの瞳でみつめてくる。 その意思を汲んだ宗助はかつての恩師に一役かってもらう事にした。 「先生、一分で良いんだ。その大きな背中、貸してくれない? 」 「・・・30秒や。」 インフォメーションに置いてある折りたたみ地図を広げて大男が見ている。 その後ろで。青年がふたり、くちづけをかわしていた。 別れを惜しむように、再会を誓うように。 合間にみつめあう瞳にはしっかりとした信頼が見えており、互いに微笑んだ。 「ありがとう。先生、もういいよ」 「おまえらこの五日間、何してたん? 」 「そりゃ夏休みだから水遊びしたり運動したり」 「ウソつけ全然日焼けしとらんくせに」 「ホントだよ。楽人と全裸でベッドかバスルームか、だったから」 「早乙女~」 「そのために日本に来たんだ。見逃してよ」 「宗ちゃん。時間」 「あ。やべ」 三人は慌てて雨宮の待つところまで戻る。 「何してたんです? いままで」 「すみません雨宮先生」 宗助がバゲッジを受け取った。 「じゃあ。そろそろいきます」 「おう」 「いってらっしゃい、早乙女君」 「いってらっしゃい。宗ちゃん」 あのときの出国とは違う。楽人はすがりついてなんか来ない みんなと並んで笑顔で手を振っている。 その自信―― その信頼―― 宗助はふっと笑った。そして右手を上げ荷物と共に去っていった。 「一人で帰る? なんでや小鳥遊? 」 「なんでって僕もう大学生だよ、出歩きたいときもあります」 「その・・・さっきのこと気ぃ使こぉてるなら別に」 「あ。それは逆に気を使わなきゃいけないんだなって思う。おふたりが恋人同士ならゆっくりドライブしてください。僕は電車で帰るから」 「オマエ地理わかっとらんやろ。成田空港ってのは地の果てにあってな、電車でも車でもオマエんちからは遠いんよ」 「本当に遠慮しなくていいんだよ小鳥遊、乗ってお行き」 「雨宮先生・・・」 矢代も雨宮も心配顔だ。 世間知らずな美しい青年をそんな長旅に出しては大変だと必死なのだろう。 「でも。やっぱり一人で帰る」 そう。
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