第1章

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夏休み 『楽人、元気か? コッチは梅雨もなく良い天気がずーっと続いています。 PS 今度そっちの夏休みに合わせて、少しだけ日本へ帰ることにしました。  宗助 』 サンフランシスコからのエアメールを胸に、小鳥遊楽人(たかなし がくと)は母校である明慶学院高等部のグラウンドに来ていた。 近くを歩く在校生たちの視線が楽人の類まれな美貌に注がれているが、昔から人に見られることに慣れてしまっているせいか、それとも急用のせいか、いまの楽人にはまったく気にならなかった。 「あれ…いない」 お目当ての人影を探し一通り眺めてみるも、あのひときわ大きな人物の姿はない。 「よし。理科室だ」 他に 『彼』 が行きそうなところと言えば、そこくらいだ。 在校時代から高等部の理科室に良く出入りする体育教師の姿を見ていた楽人は、迷うことなく理科室へと足を向けた。 母親譲りのライトブラウンの大きな瞳をくりっと校舎に向けると、ちょうど目の合った生徒が驚いたように顔を赤らめた。 この歴史ある名門男子校でも伝説になっているほどの楽人の美少年ぶりは、本人が大学生になった今でも変わらぬ魅力を放っているらしい。 「あれ。小鳥遊? 」 「あ、雨宮先生っ。お久しぶりです」 校舎に入った所で突然かけられた声に振り向けば、化学担当教師の雨宮が以前と変わらない凛とした白衣姿で立っていた。線の細い肩、すらりと伸びた手足。メタルフレームの奥には控えめに微笑む印象的な瞳が楽人をみつめている。 「見違えたよ、すっかり背も伸びて。卒業以来じゃないか、どうした」 「はい。あの…矢代先生を探してるんですが」 「矢代先生なら…グラウンドじゃないのか? 」 「それが…見当たらなくて」 雨宮のそれに習って楽人ももう一度グラウンドの方を眺めてみる。 「こりゃ珍しいなぁ! 」 「うわっ」 「わぁっ」 二人の背後からにょきっと出てきた巨体が大声を発し、雨宮は咄嗟に耳を塞ぎ、楽人は驚きのあまりしゃがみこんでしまった。 「おー悪い悪い。驚かせたか? 小鳥遊」 「矢代センセ」 楽人は安堵のため息をついた。 「矢代先生は声が大きすぎます。グラウンドならともかく、校舎内ではもっと静かにしていただかないと、生徒に示しがつきません」 「じゅっ…雨宮先生はキビシイなぁ」 「教師として当然です」
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