序 章  あの日

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    *  ――九年前  東京国際空港 通称、羽田空港 天候、高曇り 気温、摂氏15度      羽田空港の到着ロビーで、春野桃子は両手を挙げて背伸びをした。    ――さすが東京。空港の規模が違う。  桃子にとって空港という場所は特別だった。  家族連れ、ビジネスマン、大きなリュックを背負った人。それぞれが色々な想いを抱えてこの場所に集う。出会い、別れ、希望、人々の感情が交差する場所。見えないエネルギーで満ちている。    空港の空気を吸うだけで、元気がもらえる気がした。 桃子は思いっきり深呼吸をした。  いずれは自分も客室乗務員となって、ここから飛び立つのだ。  桃子はこの春から、東京にある短大の英文科に通う。入学準備のため、父と島根から上京した。部屋の入居手続きなどを終えたら、父は地元に帰る。  そこから初めての一人暮らしが始まる。    春野家は、もともと東京に住んでいた。桃子が三歳の時に、母が交通事故で亡くなった。母の死をきっかけに、父は祖母を頼り東京から地元島根に帰った。しかし、祖母もすぐに病気で亡くなってしまった。それからは、父が男手一つで桃子を育てた。    桃子はひととおり空港の空気を満喫すると、巨大な黒のボストンバックを抱える父を見た。 「ねえ、お父さん。航空神社って知ってる? 羽田空港の隠れスポットなんだって。行ってもいいかな?」 「へえ、空港の中にそんなところがあるのか。いいぞ、行こう」  桃子は満面の笑みを父に向けると、先陣をきって歩き出した。 
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