第1章

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山形県のさる都市の郊外に「怨念寺」という小字がある。しかし、今、その辺りは一面のすすきの原が広がるばかりで、かつて、そこに大寺があったと思わせるものは何もない。 江戸時代の初めの頃、ここには「御念寺」と呼ばれる念仏宗の寺があったが、いつの頃からか?「怨念寺」と言い変えられるようになった。 江戸時代、この地を支配していたのは佐々木豊後守という三万石の大名だった。小さいながらも、三重の天守を持つ城もあった。 豊後守にはお小夜の方と呼ばれる正室と、お久米の方と呼ばれる側室があり、お小夜の方には芳姫と言う幼い姫があった。お小夜の方とお久米の方は、互いに仲悪く、常に威を競った。 ある年のこと、お久米の方が身籠った。お久米の方の腹が前に張り出すようになるにつれ、 「お久米の方の腹の御子はわこ様(男子)に違いない」 と、家中の諸士の噂するところとなった。お小夜の方は、この噂を、身を斬られる思いで聞いた。 お久米の腹がしだいに大きくなるにつれ、ますます、お小夜の方は心を病むようになった。 お小夜の方は、思い余って、ある夜のこと、人を遣い、殿様からの届け物と偽り、下ろし薬を調合した菓子を渡した。 お久米の方は、たいそう喜ばれて、これを食した。 半時ほどのちのこと、お久米の方は、激しい腹痛に襲われた。やがて、白絹の褥に子宮から大量の出血をして、七転八倒の苦しみように、侍女も、なすすべが無かった。 その時、お久米の方の侍女の一人が、 「そう言えば、菓子を届けた者を見たことがある。あれは確か、お小夜の方の小者に相違ない」 と、言いだした。 その言葉を聞いて、お久米の方は激しい怒りを覚えた。悔しさに身体がうち震えた。 「おのれ!お小夜の方!この恨み、晴らさずに、おくものか!」 そう、低く、呻くように言うと、腹の痛みのために歩けぬ身体を、両腕の力だけで、這いだした。白絹の寝着の下半身を鮮血で真っ赤に染めて、 ズルッ…ズルッ… と、お久米の方は、お小夜の方の寝間を目指して這い続けた。
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