第1章

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お久米の方は、少しずつ、少しずつ、お小夜の方の褥に近づいて来る。お小夜の方は、声をあげようとしたが、恐怖で声にならなかった。やがて、お久米の方は、お小夜の方の布団の上に乗ってきた。そして、両手で、お小夜の方の首を絞めた。お小夜の方は、あまりの恐怖に気を失った。 朝になり、侍女がただならぬ、お小夜の方の様子にお小夜の方を揺り起こした。お小夜の方が改めて辺りを見回すと、どこにも血の痕は無かったし、お久米の方が入って来た襖はピタリと閉められたままだった。 お久米の方の怨霊は夜毎に、お小夜の方を悩ませた。侍女や剣に覚えの藩士に不寝番をさせても、皆、お久米の方の怨霊が来る気配と共に、不覚にも眠ってしまうのだった。 この事に、最も心痛めたのは藩主たる豊後守だった。 ある夜、豊後守が、お小夜の方の枕辺に不寝番に付くことになった。 その夜、豊後守は、お小夜の方の枕辺に座り、お久米の方の怨霊が現れるのをじっと待った。 深夜、かなたの襖が音も無く開いた。 豊後守は、静かに視線を向けた。暗い闇の中から、果たして、お久米の方が這い出て来た。お久米の方は、じっと、黙って豊後守のことを見ている。その目は、悲しそうに訴えかけるように見えた。 豊後守は、沈黙を破った。 「久しいのう、お久米…わしはそなたを失い、悲しいぞ。いつまでも、そなたと共に在りたいと願っていたのだ…それが、こんなことになってしまった。お小夜のしたことは悪い。しかし、わしに免じて許してやってはくれんか?お久米も、お小夜も、わしにとっては、かけがえの無い二人だ…」 お久米の方の怨霊は泣いていた。そして、そのまま、何も言わずに消えた。 それからと言うもの、城内に怪異は絶えた。 しかし、今度は、お小夜の方が病に臥した。お小夜の方は日に日に衰弱していった。江戸や米沢から名医を招き、羽黒や立石寺から名のある行者を何人も招いたが、病状は悪化するばかりで、豊後守は途方に暮れた。 そんなある日のこと、一人の旅の僧が、城下を通りかかった。
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