第1章

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一人の藩士が大手門の前にたたずんでいる、その僧に声をかけた。 「御坊、さきほどから、しきりと城内を気にされておいでのようだが、いかがなされましたか?」 すると、その僧は天守のほうを向いたまま、 「良いかの、あの天守に妖気が立ち昇っておる。おそらくは怨みをのんで亡うなった者の霊が祟っておるようじゃの。しかも、かなりの怨みのようじゃ」 藩士は、その僧の言葉に驚いて上士に事の次第を告げた。そして、その話は瞬く間に、豊後守の知るところとなった。僧は、町外れの寺に投宿していたが、豊後守は、ただちに使いを走らせ、城内に招いた。 豊後守は、すぐに僧をお小夜の方の枕辺に招じ入れ、 「御坊、御坊は城内に妖気が昇っておると申されたようだが、それは奥の病と何か関係がござるのであろうか?」 そう尋ねた。 僧はしばし黙って、目の前の病床に臥すお小夜の方を見ていたが、 「ある!女の妄執、怨みを抱いた死霊が奥方にとり憑いておる」 そう言った。 豊後守は、僧に、今までのいきさつをつまびらかに語った。そして、僧に言った。 「御坊、その、お久米の方の怨霊は私が心を尽くして話をして、納得して成仏してくれたはずなのだが…」 「あまい!人 の怨みは、そう簡単には消えるものではない。頭で祟ることを悪いと知っても…」 そう言うと、僧は自分の胸を叩き、 「良いか!ここじゃ!怨みと言う思いを抑えきれぬのが人の愚かさと言うものだ!」 そう言って、横たわるお小夜の方を見た。 僧の名は覚龍と言い、真言の僧だった。覚龍は豊後守に護摩を焚ける寺を求めた。 「町外れに御念寺と申す寺がござる。念仏宗の寺であったが、先年、住職が亡くなってよりは無住の寺になっておる。そこでは、いかがでござろう?」 と言うことで、急遽、御念寺の本堂に護摩壇が用意された。 覚龍は、一人、早速に加持に入った。やがて、壇に火が入れられた。辺りは既に夜の闇に包まれている。 覚龍の唱える真言だけが、人里離れた御念寺に響きわたった。絶えること無く、護摩は焚き続けられた。護摩の焔が暗い本堂の闇をほのかに照らし出した。 深夜に入って、覚龍は背後に気配を感じた。
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