第九話 隣の席

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時に、高校一年の雪の降る日。 その日は聖なるバレンタインだった。 俺は中学の時から変わらない光景をまた今年も見る羽目になっている。 「ありがとう。でも、チョコ苦手なんだよね。食べれなかったらごめんね。でも嬉しいよ。ありがとう。」 大丈夫だよ。その情報はきっと女子の間に広まって、来年にはクッキーやらカップケーキに変わってくるから。 女子の気持ちはチョコとなりプレゼントとなり岸に伝達される。でも、岸の気持ちはどうなんだろう。 最初と締めに“ありがとう”を挟む、その気持ちのわかる女子はどのくらいいるんだろう。 「ふう。すごいな、高校生マジックだね。」 岸は左に三個、右に五個の可愛らしい贈り物を大切そうに持って席に戻ってきた。 「お前も大変だな。」 「んー?大変じゃないよ。こんなに貰えるなんてさ、これが良くある高校デビューってやつだね。ふふ。」 お前はいつも貰ってるだろ、どうせ帰り際にも貰えるさ、良かったな、王子様。 「澤ちゃんは?何個貰ったの?」 俺は思う。お前の帰りを待ってる間も俺はずっと一人だったし、また呼び出されるだろうからまた一人になるんだろうと。 しかし、岸よ。 お前は俺のこの状態を見て、そして今の自分の状態を知っていて、何故その質問してくれるんだ、まじで。 「お前ってさ…」 「澤ちゃんは帰りにどどっと貰うタイプだよね?あれ中学の時だっけ?三人くらい固まって渡されてたじゃん。ああいうのまじですごいよね。」 中学時代、何故か一時だけ異様にモテた時期があった。 帰宅部なのにどこで目を付けられたのか、陸上部顧問の先生が欠員だの一回だけだの何でもない理由をつけてせがまれ、たまたま出た陸上の地方大会で6位入賞をしたのだ。 試合当日はよく晴れていて、気持ち的にも体調的にも良かったわけで、それにスパイクを履いたことなかったせいか鳥みたいに軽くなった気分になり、一気に駆け抜けたら陸上部の誰よりも速かったのだ。 それを聞きつけた女子達が俺の靴箱にチョコを入れようとしていたのを、まさかの俺自身で見つけてしまい、何とも言えない空気になったのを覚えている。 それからというもの、顧問の先生が何度か入部届けと何故か購買のパンを持って俺に会いに来るようになった。もちろんその賄賂は俺の口には入らず、毎回先生のお昼御飯に相席する形なのだ。
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