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「幸枝さん、やっぱりキツい…」
「ふふふ、美とは努力あってこその賜ですよ」
「まったくね…」
ふぅ、とまたタメ息。
支度のために貸し切った一室は畳の匂いに包まれている。
綺麗に着こなすためとはいえ、ギュウギュウに締まった帯はやっぱりキツい。背中で優美な花を咲かせている帯とは対照的に、お腹にかかる圧迫感はハンパなかった。
粉白をはたいた顔にも青さが混じり、こめかみには冷や汗が滲む。
「…あぁもう、なんでこんなの着なきゃならないのかしら」
「まぁまぁ、こういった場にはお着物が無難ですから」
「そうかもしれないけどー…」
「それにお父様がお選びになったものですから、涼華様にはしっかり着こなしていただかないと」
「は?」
「お着物ですよ。この日のために早急に手配されたとか」
「げ…、何ソレ。これ選んだのって父さん?もしかして買った?」
「それだけ涼華様のことが可愛くて仕方がないんですわ」
「可愛いって歳でもないんだけどねぇ…」
肩を竦めて天井を仰ぐ。
微笑ましく帯を締める幸枝さんをよそに途方に暮れたくなった。
淡い薄紅梅(うすこうばい)とクリーム色がグラデーションとなった生地には、純白の睡蓮が若草色の葉とともに咲いている。
あたしは鏡に映る自分を前に、何とも形容しがたい気分に陥った。
幸枝さんは父があたしのために選んでくれたというが、そこにどれだけ純粋な気持ちが含まれているのかつい顔を顰めてしまう。
実の娘に政略結婚させる父のことだ。あたしのために――…というより、相手の目に留まるように選んだのだろう。父にとっては、聡明な着物でさえ結婚を成立させるための道具でしかないのだ。
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