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式もつつがなく終わり、喧騒も遠く小さくなっていく。
婿の両親に改めて挨拶を済ませ、一人先に控え室へ戻ったわたしは、椅子の上でふうとため息をついていた。
「……」
テーブルのポットで茶を煎れ、湯飲みを口に運ぶ――ふと右手にハンカチを持っていた自分が可笑しくなり、ふっと笑った。
もう、こんなことをしないでもいいのだ。
着替え終えたわたしは娘の手紙をバッグにしまい、控え室を出た。
入口付近でスタッフとすれ違い、会釈だけして先へ進む。と、
「あの、加納さま」
わたしを呼び止めたのはさっきすれ違ったスタッフだ。花束を手にしている。
「お部屋に、お花をお忘れに――」
「ああ」わたしは微笑んでみせ、
「実はこれから旅に出るもんですから。……よろしければどうぞ、差し上げます」
娘夫婦は今夜の便で欧州へ新婚旅行に出掛けると聞いている。
日程は確か十日間。
わたしにとって、これ程うってつけな時期はなかった。
別室の二人に声を掛けることは止し、わたしはそっと会場を抜け出てタクシーを拾った。
行き先を伝えた瞬間、運転手がミラーの中で眉根をぴりっと動かすのが見えた。
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