第1章

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 暗い洞窟。 明かり一つない闇。  昔からこの辺りに住んでいたベッフェルという、いわゆる「魔物」は、最近ここに住み着いた男の所へ、食事を届けにやってくる。 「ほら、食事だよ」 「済まない、ありがとう」  ベッフェルの尻尾がぼんやりと光り、穴蔵を照らす。 すると、男の姿が浮かびあがった。  男には折れて黒く染まった翼が背中にある。 そして、傷つき薄汚れている。 ひどい有様だ。 しかし、その中から溢れ出る気配は、ベッフェルのような下級の魔物にもはっきりわかる程、気高く輝かしかった。 傷だらけだがその顔も実に端正で、銀色の髪が長いせいか少し女性的でもあり、優しげだった。 「それにしても、なんだってお前さんは、こんな所に落とされたんだ?」  そう魔物がため息混じりに尋ねると、男は儚く笑った。 「神の怒りを買ったのです」 「あんたが?  神ってのは、随分手厳しいんだな」 「神は絶対。  私もそれに従う他ないのです」  男は魔物が差し出した碗を受け取り、異臭のするスープを少し啜った。 「うまい、生き返る。  染み渡るようだ」 「冗談だろ、食べ慣れてる俺でもまずいと思ってるのに。  腐った死体のスープだぜ?」 「何より温かい。  それに、私にはあなたの心遣いが、嬉しいのです」  男はさも嬉しそうに笑った。 魔物はその顔を見て、少し辛くなった。 「あんたは大全天使長っていう、大した天使だったと言うじゃないか」  魔物がそう言うと、男はまた儚げに笑った。 「まぁ、そうです。  でも、神の戒律を厳格に守らせる、という意味では、弟の方が向いていた。  私は甘いんです。  戒律とか、そういうのは天使や神々、あるいは人の子らが、子羊たちが幸せに暮らせる程度でいい。  そう思うのですが、弟は駄目だと。  神は絶対であり、それ故に戒律も絶対である。  実に正論だ。  神としても、私の考えよりも弟の考えの方が、腑に落ちたのでしょう」  男は岩にもたれたまま、深いため息をついた。 「神は、私を堕落した天使と考えた。  無理もない、戒律を犯す者でも、私は大目に見たから。  弟に言わせれば、まさに堕落だ」 「だがそれは、神の子らの幸せを願ってのことだろう?」
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