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暗い洞窟。
明かり一つない闇。
昔からこの辺りに住んでいたベッフェルという、いわゆる「魔物」は、最近ここに住み着いた男の所へ、食事を届けにやってくる。
「ほら、食事だよ」
「済まない、ありがとう」
ベッフェルの尻尾がぼんやりと光り、穴蔵を照らす。
すると、男の姿が浮かびあがった。
男には折れて黒く染まった翼が背中にある。
そして、傷つき薄汚れている。
ひどい有様だ。
しかし、その中から溢れ出る気配は、ベッフェルのような下級の魔物にもはっきりわかる程、気高く輝かしかった。
傷だらけだがその顔も実に端正で、銀色の髪が長いせいか少し女性的でもあり、優しげだった。
「それにしても、なんだってお前さんは、こんな所に落とされたんだ?」
そう魔物がため息混じりに尋ねると、男は儚く笑った。
「神の怒りを買ったのです」
「あんたが?
神ってのは、随分手厳しいんだな」
「神は絶対。
私もそれに従う他ないのです」
男は魔物が差し出した碗を受け取り、異臭のするスープを少し啜った。
「うまい、生き返る。
染み渡るようだ」
「冗談だろ、食べ慣れてる俺でもまずいと思ってるのに。
腐った死体のスープだぜ?」
「何より温かい。
それに、私にはあなたの心遣いが、嬉しいのです」
男はさも嬉しそうに笑った。
魔物はその顔を見て、少し辛くなった。
「あんたは大全天使長っていう、大した天使だったと言うじゃないか」
魔物がそう言うと、男はまた儚げに笑った。
「まぁ、そうです。
でも、神の戒律を厳格に守らせる、という意味では、弟の方が向いていた。
私は甘いんです。
戒律とか、そういうのは天使や神々、あるいは人の子らが、子羊たちが幸せに暮らせる程度でいい。
そう思うのですが、弟は駄目だと。
神は絶対であり、それ故に戒律も絶対である。
実に正論だ。
神としても、私の考えよりも弟の考えの方が、腑に落ちたのでしょう」
男は岩にもたれたまま、深いため息をついた。
「神は、私を堕落した天使と考えた。
無理もない、戒律を犯す者でも、私は大目に見たから。
弟に言わせれば、まさに堕落だ」
「だがそれは、神の子らの幸せを願ってのことだろう?」
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