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「もちろんだ。
だが、神は絶対なのです。
神が絶対である故に、その戒律も絶対。
正しいと言わざるを得ない」
「俺にはわからん。
神とか天使の考えることなんざ。
でも、あんたの弟ってのは、随分窮屈な奴だな」
「真面目なのです。
私よりずっと真面目で、何事にも厳格に取り組むのです」
そう言って、再び男は臭いスープを啜る。
男は少し身を起こそうとした。
が、体のあちこちが痛むのか、顔をしかめた。
特に折られた羽が痛むようだ。
「おいおい、無理しなさんな。
それにしても酷いことをするもんだ」
魔物は見かねて男の体を支え、ゆっくりと岩にもたれさせた。
「こんな天使みたいにいい奴を、どうやったらここまで痛めつけられるかね」
「こないだまで天使だったんですよ」
少し冗談めかして男は返す。
体はわなわな震え、少し体を動かすのも難渋する。
もたれたまま、荒くなった息をしばらく落ち着ける。
「正義というものです」
男は呟く。
「正義がこんなに誰かを痛めつけるのかね」
「正義とは、誰のための正義か、というところで、振る舞いが変わります。
この羽を折った弟も、神のために必死なのです。
あらがうのは簡単でした。
私は弟よりも力があった。
でも、私は彼の正義を、許してやりたかった。
彼にはそれが全てだった」
男はスープの中に浮かぶ肉を少しかじる。
酷い物だ。
固いのに、変に柔らかい。
「うへぇ、天使様がよく食うぜ」
魔物は少し面食らった。
「俺たちは魔物だから、こんなのでも食うが、天使様はもっといい物ばかり食ってるんだろ?」
「まぁそうです。
でももう私は天使じゃない。
堕天使だからね。
おかげで、随分身軽になった。
自由になったよ。
この穴蔵には、戒律も何もない」
そう言って、男はスープをぐいと飲み干した。
「ありがとう、ベッフェル。
君には何とお礼を言ったらいいかわからない」
「よせや、くすぐったい。
俺は魔物だぜ?
大全天使長様にお礼を言われるような身分でもねぇし」
「今の大全天使長は弟ですよ。
私はただの堕天使だ」
男は碗を魔物に返す。
「なぁ、あんた、いい奴だからさ、俺たちの仲間にならないか?
天に未練がないってんならだけど」
魔物がそう持ちかけると、少し男は驚いた顔をして、やがてまた儚く笑った。
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