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「未練は、あるんです」
魔物は少し驚いて、男の顔を見た。
男は目を伏せ、うつむき、下唇を噛んでいた。
両の拳は強く握られていた。
「悔しいさ、だってそうでしょう。
私は、神の子らのためにと思って、自分なりに一所懸命働いたつもりです。
だというのに、罵倒され、暴力を受け、故郷を追われたんだ」
絞り出される男の声は、震えていた。
「本当は、帰りたいんです。
神と弟に許しを乞えば、もしかすると天に帰れるかも知れない。
だが、それでは、私が愛した神の子らを、心底裏切ってしまう。
自分の身のために、信念を曲げることになるんです。
それはね、それは、やはり、どうしても、できない……!」
男は、密やかに嗚咽した。
鼻をすする音が穴蔵に木霊する。
魔物はじっと男を見守るしかできなかった。
しばらく男はうつむいたまま顔を上げようとしなかった。
が、やがて少し落ち着くと、言った。
「君達の仲間になるのは、まだ少し、心の整理がつきません。
だがベッフェル、すまないが、またスープを、持ってきてくれないでしょうか」
そう言って男は、泣き顔をまた儚くほころばせた。
魔物は少しため息をつき、
「わかった。
また来るよ」
といって、穴蔵を立ち去った。
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