第1章

4/4
前へ
/5ページ
次へ
「未練は、あるんです」  魔物は少し驚いて、男の顔を見た。  男は目を伏せ、うつむき、下唇を噛んでいた。 両の拳は強く握られていた。 「悔しいさ、だってそうでしょう。  私は、神の子らのためにと思って、自分なりに一所懸命働いたつもりです。  だというのに、罵倒され、暴力を受け、故郷を追われたんだ」  絞り出される男の声は、震えていた。 「本当は、帰りたいんです。  神と弟に許しを乞えば、もしかすると天に帰れるかも知れない。  だが、それでは、私が愛した神の子らを、心底裏切ってしまう。  自分の身のために、信念を曲げることになるんです。  それはね、それは、やはり、どうしても、できない……!」  男は、密やかに嗚咽した。 鼻をすする音が穴蔵に木霊する。  魔物はじっと男を見守るしかできなかった。  しばらく男はうつむいたまま顔を上げようとしなかった。 が、やがて少し落ち着くと、言った。 「君達の仲間になるのは、まだ少し、心の整理がつきません。  だがベッフェル、すまないが、またスープを、持ってきてくれないでしょうか」  そう言って男は、泣き顔をまた儚くほころばせた。  魔物は少しため息をつき、 「わかった。  また来るよ」 といって、穴蔵を立ち去った。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加